ブログ

写心の学校6期について、なぜやるのか vol.1

写心の学校第6期を、なぜやるのか。

校長である人柄写真家TSUGUへのインタビュー。
 

 

【今回のインタビュー内容】

・写心の学校はカメラマン養成所ではない

・カメラを通して学べること、得られること

・写真と学校を通して、自分の価値観に気づく

・写真を通じて自分の伝えたいことが伝わるようにするのが、写心の学校

 

 

 

 

ーー写心学校ってこれまで何回くらいやってるんですか?

 

写心学校は5期までやってきた。
2014年に1期、2期
2015年に3期、4期
2016年に5期。
今年、2017年に、6期をやる。
去年から一年に一回のペースにしたのは、一年に二回やると「もっと撮りたくなる病」にかかってしまうので。笑

 

 

ーー写心の学校はどういうことをやるんですか?

 

今回は原点回帰。
第6期で一番にやりたいなと思ったのは、カメラを通じて自己表現を磨く場所にすること。路線変更をしてたつもりはないんだけど、気がついたらカメラマン養成所のようになっていて。でも本当にそれがやりたいことかといえば、改めて振り返ってみればそうではなくて。

 

写真が好きで楽しむ人が増えてほしい。稼げるようにすることに喜びがあるかというと、そういうことではない。

 

カメラは、自己表現をみがいたり、自分と他人を知るのに、すごく適した道具。自分をどういう風に扱うのかとか、自分と仲良くなる方法はなんなのか、自分をより知るにはどうしたらいいのか、誰かの見えてない面をうつしてあげられるのも写真。

 

 

 

自分にとっても客観的に見えるし、相手にとっても客観的に見せることができる。

でも、カメラは主観的に撮るもの。

そのアンバランスみたいなところの面白さがあるから、もっとたくさんの人に知ってもらいたいな。

 

 

 

 

 

 

ーー客観的とは、周りの人からみた、自分の知らない自分を写真に撮ってもらうことで、「あ、私ってこんな風に笑ってるんだな」「周りの人からはこう見えるんだな」と確認できる、ということですね。主観的というのはどういうことなんですか?

 

気になってるものしか撮れない。

好きなものは撮れる、嫌いなものも撮れる。でも、気にならないものにはカメラを向けられない。意図せずはいっちゃうことはある。関心があるものしか撮れない。

カメラはそういう性質がある。

 

アングル、視点でも、

「こういうカットが全然ない」

というところに、その人の主観があらわれる。

 

 

ーー例えば、花のアップの写真ばかりで、ちょっと離れたところから撮った花畑の写真が全然ないとか?

 

うん。
そこに何かあるんじゃない?って。
そこは、写心の学校なら、他人がいるからわかりやすい。自分だけではやっぱり見つけづらい。

 

 

ーーそこを、つぐさんや他の生徒の方と話しあうことで、見つけられるという感じですか?

 

そう。
何を伝えたかったかと、伝わったか、

というところを学校ではやっていこうと思ってる。伝えたいことがあっても伝わらない写真だったらもったいない。人と繋がっていく写真が撮れたらいい。
まず写真を通じて自分の伝えたいことが伝えられるようにする。ちゃんと伝わるようにする。

それが写心の学校という場所。

 

写真がうまくなるというより、
自分の伝えたいことが伝わるような環境にしたい。

 

 

 

 

 

ーー伝える、伝わる写真にするにはスキルが必要ですね。そういうことをつぐさんが教えてくれるんですか?

 

うん。
伝えたいことが伝わらないジレンマはたくさん感じてきた。つまづいた経験がたくさんあるから、そういう経験をふまえて、どうやったら伝えたいことが伝わるかという話もできたらいいな。

 

 

 

 

 

次回のインタビューでは、

自己表現がうまくできないことと、生きづらさがリンクしていることや

写心の学校に入って飛躍する人と、そうでない人の違いなど、

お話しいただいています。

 

インタビュー Vol.2へ続く

 
 

インタビュー・記事作成:Ellie

 

 

関連記事